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スタッフ紹介

今川 純菜

今川 純菜
JYUNNA IMAGAWA

ポジション INTI 東京&INTI 渋谷
血液型 A型
趣味 食べ歩き お笑い見る
自分の悩み 食べ過ぎてしまう
自分にキャッチ
コピーをつけると
声低女子

幼少時代

今川幼少時代1

私は、福岡県北九州市に3姉妹の末っ子として生まれました。
純粋な子になって欲しいというのが名前の由来で、長女 明菜、次女 麻里菜 に続き、純菜と名付けられました。

父は美容室に薬剤を届けるディーラー、母は元美容師という美容一家で育ちました。

体が弱く、生まれてすぐ肺炎にかかり、2歳でもまた肺炎、入院を繰り返しました。
そして小さい時は声がハスキーすぎて、保育園の先生は「風邪が治らない」といつも母に言っていたようです。

今川幼少時代2

矢沢永吉の大ファンである父からは、幼い時から本当に厳しくしつけられました。
「行ってきます」と「ただいま」を言い忘れると帰りついた瞬間に怒られ、お茶碗にご飯粒が残っていると怒られ、学校は風邪を引いたぐらいでは休ませて貰えず、無駄遣いは絶対にさせない父でした。

今ではその意味と理由に納得でき、ありがたいの一言です。
そして子供への愛情が半端ではなく、一日中離さず抱っこしていたようで、祖母や祖父にさえ、渡すのを嫌がってたみたいです笑。

決して裕福な家庭では無かったですが、毎年3回は必ず家族旅行に連れて行ってくれ、仕事終わりや休日も必ず子供と一緒に過ごし、遊んでくれた思い出がたくさんあります。

今では大の仲良しな姉とは、喧嘩のエピソードばかりです。毎朝、髪の引っ張り合いをして泣いて目を腫らし小学校へ行っていたので、今でも友達からいじられるほどのインパクトだったようです。

学生時代

今川学生時代1

中学ではテニス部に入りましたが、仲の良い友達が多いから というふざけた理由です。
ただただ遊んでいた為、毎回のように終礼で怒られた記憶があります。

ちょうどこの頃から韓国にどハマりします。
韓国というよりこの頃は、ケーポップにハマり込んでいました。

MVのメイキングで映ったヘアメイクさんを見てその格好良さから、私の将来の選択肢のひとつになりました。
元々メイクや友達の髪をセットするのが好きだったので、選択肢はどんどん絞られ、美容に関わりたいというのが私の夢になりました。

今川学生時代2

その頃から雑誌やMVに関わるヘアメイクさんを端から端まで調べていました。
そこでヘアメイクと美容師を両立している1人の方を見つけました。すぐに連絡しようとしましたが、個人的な連絡先はもちろん知らないので、 美容室の予約を入れ、備考欄で思いを伝えました。

返事はすぐに返ってきて、個人LINEを教えて頂きました。顔も知らない見ず知らずの人からきた怪しいメールにも関わらずその方からは、長文での返信がきて、最後にこの仕事をしたいのなら東京に出てきなさいとありました。
この方が後に私の師匠となる宮本洋平です。
この夢をもった時から、東京に出たいというのはずっとあったので、高校卒業後、上京しようと心に決めました。

もちろん、父親は大反対。話を聞いてくれませんでした。当たり前だと思います。
どんな事を言われても意思を曲げることは出来なかったので、何度も何度も話して、熱意で押し倒そうとしました。

そうして、上京が決定しました。
最後の日、東京まで送ってくれた父との最後のご飯で2人で号泣。お互い喋れない程に泣いてしまい、お店の人だけでなく、周りのお客さんからも心配されたのを今でも思い出します。
父親の涙を初めて見て、本気で頑張らないと。と強く思いました。

修行時代

今川修行時代1

宮本のアシスタントとして付かせて頂き、本当に沢山の事を学びました。
カットやヘアセットなどの技術はもちろん、お客様への目配り、気配り、心配りを中心とした接客、目上の人への弁え方、タクシーの乗り方、飲みの場での配慮や焼き鳥の食べ方など、、笑
まだまだな至らない部分は多いですが、上京したての18歳の私では考えられないほど、成長出来たのではないかと感じております。
その分、正直何度も心が折れそうになりましたが、その度に応援してくれている家族や友達の顔を思い浮かべました。
泣きながらの電話に何度、付き合ってもらったことでしょうか。
それでも諦めずに頑張ることができたのはのは、師匠である宮本はもちろん、INTIの先輩方がとても格好良かったからです。
これだけの経歴を持たれている方々でも、日々努力を惜しまず、練習されている姿や私が辛いときは、すぐに見抜いて相談に乗ってくださったり、飲みに連れ出してくださったりしてくれました。
そしてその度に、また切り替えて頑張ろうと思えました。
INTIの先輩方は本当に凄い!
私もINTIの一員ながら、そう胸を張って言えます。

今川修行時代2

色んな店舗にヘルプとして行かせて頂いてますが、どこの店舗に行っても、みんながキラキラしていて、お互いを高め合っている姿が本当に素敵だと思っています。
男性のスタイリストを指名しても、シャンプーで私が入らせて頂くことがよくあるのですが、やはり、このような美容室なので女性に頭を触られることが苦手な方は多いと思います。
ですので、お客様の気持ちを汲み取って少しでも不快な気持ちや緊張感をほぐし、シャンプーの時だけは、日々の疲れを少しでも取って頂けるように。。を心がけています。
その中で、私に楽しく話しかけてくださるお客様が徐々に増えていき、今では多くの方とのお話しが毎回本当に楽しいです。
接客というより、素で楽しませて頂いています。。
いつもありがとうございます。

スタイリスト時代

coming soon

INTI時代

今川INTI時代1

スタイリストデビューに向けて、街中で声掛けしてカットモデルとして切らせて頂ける方を募集するのですが、初めは足を止めて話を聞いてもらう事でさえ大変でした。
回数をやっていくうちに、自分の話かけ方や案内の仕方の欠点を理解し、工夫するようになり、徐々にカットモデルとして来てくださる方が増えていきました。
そして、カットモデルをさせて頂いた方は今ではお客様としてご来店して下さりあの時は頑張って良かったなと今では思います。
実際にお客様をカットさせていただくようになってからは、ウィッグでの練習とは比べ物にならないほど考える事が多く、その方の骨格に合わせてカットする事はもちろん、お顔立ちやお仕事、趣味、ライフスタイル、通勤方法など、、、一人ひとりに合ったスタイルを提案する事の難しさ、奥深さを感じました。

初めてカットさせて頂いた日は、今までに味わった事のない緊張感と不安とで頭が真っ白になった事は今でも忘れられません。
なんとか最後まで切り終えて仕上げたときのお客様のスッキリした姿と嬉しそうにされているお顔を見て、その時改めて美容師という仕事の魅力を感じました。
言葉で表せないほどの達成感、嬉しさがあったのを今でも覚えています。

今川INTI時代2

以前、何度かめげそうになったとき、宮本に相談する度に「切るようになれば分かるから」といつも言われていました。
その当時は、あまりよく分からなかったのですが今となればその言葉がすごく理解できるようにまりました。
そしてINTIの掲げる「ヘアデザインで人生を変える」 は大袈裟に聞こえるかもしれませんが、決して大袈裟ではなく、本当にその通りなのだと実感しました。
INTIではコンプレックスを抱えるお客様が多くいらっしゃいます。悩みが深い分、プレッシャーが大きく、時にはパンクしてしまいそうになる事もありますが、そのコンプレックスを解消でき、お客様を笑顔にすることが今の私のやり甲斐のすべてです。

これからの人生もINTIで働き、教わり、学んだ事は一生、私の人生の糧になると思います。

まだまだ未熟者ですが、日々努力を惜しまず、憧れの先輩たちに追いつき、追い越せるようなスタイリストを目指します。
そして少しでも皆さまのお力になれるよう、精進していきます。


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