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スタッフ紹介

舛田 賢弘

舛田 賢弘
TAKAHIRO MASUDA

ポジション INTI 大阪 Designer
血液型 B型
自分の悩み スポーツ全般、お酒
自分にキャッチ
コピーをつけると
根拠のない自信
他のスタッフからの印象 ポジティブマン

修業時代

奇跡的にその当時、大阪最大手といわれる美容室に入社することができ、夢と希望に満ち溢れた二十歳の僕はの心は、入社3日で絶望に変わっていました。 今思えば完全に学生気分が抜けておらず、社会人という自覚がゼロのハッピー野郎が、大阪で一番厳しい美容室に入社して根性なく辞めてしまったという単純な話なのですが、美容師という仕事に華やかなイメージと期待を持ちすぎた私には軍隊にしか思えませんでした。

当時二十歳の私は、美容師という仕事に絶望し、入社1か月で店長に辞めますと伝え、後押ししてくれた友達とゴールデンウィークを満喫し、暗黒期に突入しました。 中途半端に自信があったせいで、なかなか自分の弱さを認めることができず、なりたかった美容師とはこんなものなのかと絶望し、また美容師になるかを本気で悩みました。 4か月ほどフリーターを経験し、ゆっくり考えた結果、もう一度美容師をやってみようと決意しました。

その時の気持ちは、まだ人の髪の毛を切ったこともないレベルで美容師という仕事を諦めて本当に良いのかという葛藤と、心配ながらに送り出し、支えてくれた両親に申し訳ないという罪悪感のようなものが半々くらいであったのを覚えています。 また美容師を続けようと思い、悩み位に悩んで決めた就職先は、最初に就職した大きな美容室とは真逆の三人だけの個人店で、そこから私の美容師人生が再スタートしました。

オーナーと先輩スタイリストと私という三人構成で、オーナーは教科書に近いきっちりとした技術、先輩スタイリストは天才肌のような独創的な技術というイメージで、両極端な二人の技術を間近で学び、取り入れることが出来たのは個人店で本当に良かったと思います。

そのお店は、ヘアケアなどの科学的な知識に対して、とても力を入れており、髪の毛の構造やカラーやパーマの薬剤に対する知識、特にヘアケアには特価しており、トリートメントについてはプロフェッショナルでした。

私の美容師としての知識量はこのお店に入ったからこそ得れたものだと思います。 しかし、いいことばかりではありませんでした。 今までスポーツなどで、他の人と競争することに慣れていた私が自分との闘いになった時に、思った以上に力を発揮できず、やる気のある時とない時のムラが大きくなってしまい、自分が思い描いていたスタイリストまでの道のりよりも、ずっと遠回りしてたどり着いてしまったように思います。

スタイリスト時代

アシスタント時代はスタイリストになることに頭がいっぱいで、美容師の幅を広げることよりテストに合格することばかり考えていたのですが、デビューすると少し気持ちと時間に余裕ができ、自分が元々興味のあったことや、特殊なカラー技術、撮影などにも幅広くチャレンジするようになりました。

私がスタイリストになったころ、ちょうど美容室のヘアスタイルカタログが大きく進化した時代でした。 そのこともあり、髪の毛の柔らかな動きの作り方や、最新のスタイルなどを自分でどん欲に学んでいき、美容師としての技術も大幅に上がったと思います。

自腹で一眼レフを買い、モデルさんを探し、がむしゃらに自分のスタイルを形にしていく作業にのめりこみました。 自らどん欲に学ぶことにより、アシスタント時代の三年半の練習の何倍もの知識と技術をものすごいスピードで習得出来たと思います。

三十歳を前に元々の夢でもあった独立を決意し、自分だけのお店で次のステップにチャレンジすることにしましいた。 お店のコンセプトは、ヘアケアとエイジングケアができる大人のサロンでした。

たくさんの思いを込めて、内装、椅子や機材、薬剤、などを一から選んでいくことは忘れられないいい経験になりました。 自分で全て選べるという最高の状況でたくさんの新しいメニューにチャレンジさせてもらいいました。 スタッフ三人でちょうど良いお店の広さを選んだのですが、求人に何度も失敗し、結局四年間ほぼ一人で営業することになってしまいました。

オープンして四年がたとうとしていたころ、コロナウイルスが世界を襲いました。 その影響でお店の売り上げも半分以下に落ち込み、このまま一人で続けていって大丈夫なんだろうかという不安がコロナウイルスの拡大と比例して大きくなっていきました。 そんな中、半分冗談の気持ちで美容師の求人サイトを見ていた時に、INTIを見つけました。

最初は、面白いコンセプトだなぁとぐらいにしか思っていなかったのですが、何か頭に引っ掛かり、時間があればINTIのホームページを見るようになっていました。 既にブログなどでINTIのとりこになっていた私は、お店をたたむと決めてすぐに、INTIの面接をお願いしました。


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