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スタッフ紹介

貴田 沙知

貴田 沙知
SACHI KIDA

ポジション INTI 大阪本町 Designer
血液型 O型
趣味 旅行 映画鑑賞
自分の悩み 髪の毛がストレートすぎる事
自分にキャッチ
コピーをつけると
ギャップ女子
他のスタッフからの印象 ポーカーフェイス

幼少時代

私は兵庫県姫路市の田舎に生まれ、三姉妹の末っ子として育ちました。
私が2歳の頃には、両親が離婚していました。母が忙しい時には、6つ上の姉がよく私を抱っこしてくれていました。
母1人で仕事も忙しく、姉妹だけで過ごすこともありましたが、母は3人平等に愛情を与えてくれました。
今思うと本当に3人も育てて、母は偉大だなと感じますし、感謝しかありません。

実家の近くには新幹線が通ってあり、田んぼや、家の隣には川が流れてあり、その川でよくザリガニやアメンボを取りました。
冬にはたまに雪が降り、たまたま熱を出してたのにも関わらず、あまり降らない雪にテンションが上がり外に出て、姉達と遊んでると何故か熱が下がって治ったこともあり、元気な子供でした。

元々体を動かす事が好きで、スポーツ全般なんでも好きでした。
保育園の習い事でサッカーやスイミングスクールに通っていて、楽しくて続けていましたが、どんどん友達が辞めてしまい、一緒に行く子が居なくなりました。スポーツは好きだけれども、ちょっと恥ずかしがりの性格もあり、1人で行くのが嫌だったので辞めてしまいました。

小学3年生から、友達がしていた卓球部へ誘われて入部します。最初は全く球を返せず鏡の前で素振りの練習、土日も練習と、急に卓漬けの日々がはじまりました。
そして、そこまで真剣ではなかったので、土日しんどいと言う甘えが出てきてしまい、ちょくちょく休むようになりました。
そこで、卓球を始めてから新年が明けた1月はじめに、コーチから去年の皆勤賞の子にお金が配られました。私はその事を知らず、隣の友達はお金を貰い、すごく後悔をしました。
それからは、私は休む事なく、来年には皆勤賞でお金を貰うぞ!と決めて卓球に励みました。
そうすると卓球も上達していき楽しくなり、6年生では一番ランクの高いチームに入れさせてもらい、地区で優勝もしました。
今思えば皆勤賞狙いで休む事が無くなったのは自分でも凄いなと思います。(笑)
そして、小学5年生で自然学校があるので、そこで初めての美容院へ。姉達も、美容院デビューは自然学校がある小5からでした。
わくわくとドキドキの中美容院へ。記憶では額に汗をかくほど緊張して終わりました。ですがその時、美容師ってかっこいいなと思っていました。

学生時代

中学生になってからも、やっぱり部活は卓球部に所属しました。
元々、その地区では卓球部が強い中学校だったので、先輩達も凄く、同期の友達も強く、より負けてられないと毎日が刺激的でした。
学校終わりに練習、終わってからも夜練で違う体育館で練習、と中学時代は卓球に励みました。
その頃は本当に食べ盛りと言う言葉が当てはまり、余っている給食があれば友達と貰いに行き、いつも机の上をパンパンに食器を並べて食べていました。
そして、卓球で団体戦で全国大会へ行く事が目標だったのですが、中学3年生の最後の夏の大会では兵庫県で2位という結果に。凄く悔しくて皆んなで泣いた事を、覚えています。

6年間の卓球生活は中学卒業と共に終わり、高校生ではアルバイトをし、当時全盛期だったAKB48にハマっていました。友達と握手会に行ったり、コンサートに行ったりと、アルバイトのお金はほとんどそれでなくなりました。

思春期だったこともあり、見た目も気にする様になり、自分にはどんな髪型が似合うのだろう、と思い始めました。友達が行ってる美容院を教えてもらい、色んな美容院に行きました。
当時の私はショートカットが好きだったので、雑誌を見ながら可愛いショートカットを選びますが、いつもイメージと違う仕上がりになり、モヤモヤとしていました。
そこで、自分が美容師になれば、似合う髪型が分かるんじゃないかと思い、美容師を目指すことになります。
そして、色んな美容師さんに、美容師のなり方について髪の毛を切られながら情報収集している中で、「美容師は技術だから」と美容師さんが言っていて、美容専門学校へ行ってもまた一から覚えないといけない、と言うことも分かり、学校自体あまり好きではなかった私は美容専門学校の通信科があることも知り、仕事をしながら通信科に通うことになります。
通信科は3年で免許取得出来るので、美容師には下積みがあることは分かっていたので、3年下積みして免許が取れる頃には、スタイリストデビューが出来るんじゃないか、と考えました。
とりあえず、その時は早く美容師になりたいと思っていたので、仕事しながらの通信科3年に行くことを決めました。

修業時代

高校の学校に来ていた求人で、高卒で受け入れてくれる美容院が1つだけありました。
高校3年生の夏休み、私は制服姿で母とサロン見学に行きました。駅近くでおしゃれな人が多く、高校生の私には凄く入りにくかったのを覚えています。
しかし、入った瞬間イメージしていた美容院と違い、雰囲気が良く、瞬時に「あ、私ここで働く!」と感じました。すぐに面接を受け、合格をもらうことが出来ました。
私は嬉しく、期待と希望で満ち溢れていました。
2012年4月に入社、関西では当時25店舗程あった会社だったので、同期は全員で100人はいました。
入社して、研修4日間が終わった後私を待ち受けていたのは、2ヶ月間駅前でのチラシ配りでした。チラシを配ったり、ゲットハントという、歩いている人に直接声を掛けて割引きチケットを渡す、と言う事をしました。私は正直、2ヶ月間も出来るかな〜、と心配になりました。
ですが、入社してまだシャンプーも接客も何も出来ない自分には、今はこれしか出来ないと思い、必死でゲットハントを行いました。

その結果、2ヶ月で120名の新規のお客様をお店に呼ぶことができ、スタッフ皆から褒めてもらい、こんな自分でもお店の役に立てた事が凄く嬉しかったのと、お客様をお店に呼んで来て頂く大変さも知りました。
同時に、毎日朝練夜練のレッスンに暮れていました。
月一で検定があり、一発で合格したかったので沢山練習をして落ちた時は悔しくて泣いた時もありました。
営業時間中は、誰よりもスーパーアシスタントになる為、色んな所に目を配り、お客様とスタイリストの動きを良く見て、私が一番にアシスタントとして動くんだ、と思って動いていました。
そして、3年目からカットモデルを呼び、初めて人頭でカットをさせてもらいました。
仲良くなったお客様だったり、友達、沢山の方に協力してもらい、100名以上、カットモデルをして頂きました。
私のスタイリストデビューを心待ちにして下さるお客様もいらっしゃって、それが励みになり頑張れました。
そして、美容師免許取得後、お店でスタイリストデビューを果たします。

スタイリスト時代

スタイリストになり、初めてお客様のカットに入らせて頂く時、カットモデルへの施術はしていたものの、やはり、スタイリストとしてお客様の前に立ってカットさせて頂く責任感は、それとは全然違いました。
カウンセリングから最後のお見送りまで、緊張しっぱなしでした。接客、カット技術、気配り心配りに全然余裕がなく、このままではダメだと思い、カウンセリングのロールプレイングや、ヘアスタイルの勉強と、毛質の癖毛や剛毛の切り方、量感調節など、積極的に勉強しました。
仕上がり写真を先輩に見せてはアドバイスをもらい練習を繰り返しました。

先輩のお客様でアシスタント時代から仲良くして下さっていた方が、私がスタイリストデビューをしたので指名して来て下さったり、カットモデルの方がそのまま指名で来て下さったり、友達や母や姉達もお店に来てくれ、沢山の方達に支えられて私は美容師になれたのだと思いました。

お客様で一番覚えている出来事が、女性のお客様で、前髪を今まで切ったことがなく、切ってみたいけれど自分に似合うか不安、というお客様がいらっしゃいました。
女性の前髪は命と言う程大事で、前髪でその日1日のテンションが決まる程、大事な前髪。
お客様も凄く悩んでの相談でした。
私は前髪を切るメリット、デメリットを話した上で、絶対切った方が似合いますよ!と伝え、前髪を切る事になりました。
少し押しすぎたかな、と思いましたが、私は本当に絶対似合う!と思ったので言いました。
次に来店して下さった時、お客様がお店に入っていらした時に、私に笑顔で「前髪切って良かった!!あの時切る方向に押してくれてありがとう」と言われ、私は安心と嬉しい気持ちになりました。
そしてお客様が人生で初めて前髪を作り「人生が変わった」とまで言っていただき、私はその時、美容師として人の人生を変える事も出来るんだと実感しました。
そのことから、私はお客様にもっとしっかり向き合いたいと思い、ステップアップを考えました。
そして、INTIの"ヘアデザインで人生を変える"というコンセプトに惹かれ、INTIに出会います。

INTI時代

貴田 INTI時代

INTIのホームページを見た時、髪型のbefore、afterが嘘みたいに激変していて同じ美容師でこんな事が出来るのかと興味をもちました。
INTIのコンセプトでもある
『ヘアデザインで人生を変える』
本当にヘアスタイルで人生が変わると感じました。
そしてINTIに入社し、研修に参加させて頂き、美容師として今までしていた接客、カットの仕方、気配り、全て1から覚え直すかのように宮本に指導頂きました。
美容師9年目でもまだまだ覚える事、教わる事が沢山あり、毎日頭がパンパンになりながらも沢山吸収して充実した日々を過ごしました。
そして、先輩のスタッフの皆さんが、お客様の悩みに対してそこまで考えているのか!と圧倒するほど全員がプロフェッショナルな集団だと感じました。

それと同時に私もこのプロフェッショナルな集団の一員になれるのか?と焦る気持ちと私もこうなりたい!という気持ちが入り混じり気持ちが高ぶりました。

貴田 INTI時代

INTIには毎日沢山のお客様がご来店して下さいます。
初めてINTIにご来店して下さったお客様を担当させて頂いた時、そのお客様が帰りに「本当に今日来て良かったです。ありがとうございます。」 と言って感動して下さった時は、今までの美容師人生の中で感じたことのない感覚になり、涙が出そうになりました。
嬉しくて本当に美容師をしていて良かったと思いました。
INTIで働くには専門の技術が必要になってきます。
毎月技術テストがあり、常に技術を学べる環境があるので
今後自分自身がどんどんパワーアップしていく事が楽しみです。
まだまだ未熟者ですが、薄毛と言うジャンルで美容師としてお客様にこれからも感動与え続け
INTIのコンセプトでもある
『ヘアデザインで人生を変える』を元に
1人でも多くINTIに来て悩みが軽減された!変わった!
と思って頂けるよう全力で向き合っていきます。
これからも精進して参りますのでどうぞよろしくお願い致します。
長々となりましたが、読んで下さりありがとうございました。


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